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石のアルバム

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    海岸でひろった石ころにペイント。 ネイティブアメリカンの言葉を添えました。

「おなまえペン」で布に落書き

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    「布用おなまえペン」で無地のポーチやサコッシュに描いています。
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2007年9月

2007年9月30日 (日)

keyと運指と絶対音感

きのうは静岡朝日テレビ祭りでアンデネスさんが生演奏!というので午前10時からテレビに張り付き、(っていうのはオーバーだけど) 掃除しながら、食事しながら、洗濯物をたたみながら、家族交代でいつ出てくるかと午後2時まで、なんと計約4時間!!見張ってました。 (<爆  特にうちの父はアンデさんの大ファンなので) 

ところが。イベント全体が写る引きの画面で赤いポンチョの井上さんと海野さんを確認できただけで。 あと「せとやコロッケ」のコーナーで音だけはちょっと聴こえてました。(笑) 朝から小雨でPA設置ができなかったために演奏は割愛されてしまったようです。残念でした~。

シイタケ入りの「せとやコロッケ」も美味しそうだったけど、グランプリを取った裾野の水餃子(皮にモロヘイヤを練りこんであるんだって)も食べてみたいなぁ・・おかしい。(笑)

おっと今日はオカリナのお話をするんだった。笑顔

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私には絶対音感がないので、絶対音感を持つ人が羨ましいと思っていましたが、いつもピアノを弾いてくださる下山さんは、たとえば朝起きて、近所で犬が鳴いていると、ワンワン、と同時に、ミ、ミ、(ドレミのミ)などと聴こえてしまうのだそうで、それって絶対音感のない人には未知の世界。でも確かに起きたてというシチュエーションとしては犬の声を「ミ」と聴こえる意味はあまりないわけで、才能が邪魔に感じることもあるというのも頷けます。

以前所属していたバンドに一時期いたメンバーにも絶対音感の持ち主がいて、彼女はほんのちょっとピッチがずれたりギターのチューニングが甘かったりすると「気持ち悪いっ!!」と言ってよく怒ってました。 絶対音感というのは、ひとつひとつの音程が全て感覚として備わっている(らしい)ので、ドの音の感覚はドの音として、シ♭は、ファ♯は、「これ」というのがちゃんと耳(体?)に入ってるわけですね。 だから下山さんはワンワンと鳴いてる犬の声がミ、ミ、と聴こえる。ちょっと♭だな~なんて寝ぼけた頭でもわかっちゃうらしい。(笑) 

デジタル仕様のキーボードにはトランスポーズという機能が付いていて、ボタン操作ひとつで半音単位で音を低くしたり高くしたりできる(カラオケの機械と同じ)ので、白鍵盤だけだったらなんとか弾けるという私のようなへなちょこにはとても便利なのですが、絶対音感のある人は弾いてる音と出る音が違うので、それを使うとものすごぉぉく気持ち悪くて弾けなくなるのだそうです。

A_023 で。オカリナです。(写真は左の大きいものから時計回りに、アルトC、ソプラノF、G、C管)  オカリナという楽器は、ソプラノの高音だけでもC管、F管、G管、の3種類あって、アルトも同じくC、F、G、そのまた下にバスのC管、と、基本的にはこの7種類。アケタではB♭管、E♭管も作っていますがこれは例外。 C管は、ソプラノリコーダーで置き換えると、全部の穴を閉じてド、の音、下からひとつずつ開けていくとドレミファ、と音が出る、と思ってください。 G管は全部の穴を閉じてソ、の音、F管はファ、の音、という具合です。

で、ここから先はちょっとややこしい話になってくるのでわからなかったら読み流してください。(笑)  オカリナでC調(ハ長調)の曲を吹くときに、C管を使えばそのままハ調の指使いですが、G管を使って同じ曲を吹く場合、F調(ヘ長調・♭ひとつ)の指使い(運指)になり、F管を使うとG調(ト長調・♯ひとつ)の指使いになります。

逆に指使いだけで言うと、ヘ調の指使いでC管を吹けばそのままF(へ調)、G管で同じ曲を同じ指使いで吹くとC(ハ調)、F管で吹くとB♭(変ロ調)になります。 な~んて聞くだけで頭が混乱するでしょ?(笑)

つまり、オカリナ吹きは、Keyを意識したら絶対吹けないということ。(笑) G(ト調)の曲だからG管を使えばいいというわけではなく、ト調の曲でも音域によってはC管やF管を使わなければならないので。 

オカリナ一本だけで、他の楽器と合わせることがないならばいいのですが、ギターやピアノと一緒に演奏する場合、ピアノがC調の譜面で伴奏していても、もしG管を使って吹くのだったら、指使いはF調。F管を使えば指使いはG調です。C調の曲で、当然Cの譜面でもG調だと思って吹かないとおかしなことになります。 オカリナは音域が狭いので、途中で持ち替えることも多々あり、FからCに持ち替え、なんていうときは、G指からC指に、一瞬で頭を変換しなければなりません。なので変換が利かない人は、譜面をその管に合わせて書き直したりします。 つまり、何本も使うコンサートになるとトランスポーズの嵐。(笑) 

それからたとえばF管とG管は一音違うだけで、大きさもほぼ同じくらいなので、間違って持ったFをGだと思い込んで自信を持って吹いたりすると曲頭で、「ぎゃっ!!」と叫ぶことになります。(笑)

オカリナ・コカリナ・リコーダーと、楽器を変えると運指も違うし、それぞれ管のkeyも違うので、コンサートの時には混乱を避けるために、私のカンニングペーパーには、実はこんなふうに書いてあります。

 「① 曲名、 オAG 元kC 指F」 解説すると、(オカリナアルトG管を使用、元KEYはC調、でも運指keyはF) ということになります。指F、が一番大事。でも元keyも頭の隅に置いておかなくちゃいけません。

ちなみに。リコーダーはC管とF管の2種類です。が、音域が2オクターブ以上あるのでkeyの問題はなく、F管のために楽譜を書き直すことはまずありません。

コカリナはC管とG管の2種類ですが、リコーダーのようにきっちり運指が二つに分かれるような作りではないので、これも譜面を書き換えないと難しい・・・。

もしこれで絶対音感があったら、さらにさらに混乱するでしょう。 オカリナは絶対音感がある人にはとてもむずかしい楽器ではないかと思います。

・・・・だから私、絶対音感がなくてよかったわ~。 ←長い話がこんなオチ? (笑) オカリナ・コカリナはチューニングが利かず、ただでさえ管が温まるとピッチが上がったり、息の入れ方で音程が変わってくる楽器たちですから。音には敏感に。でも元keyは意識せず。持ち替えは慎重に。(笑) カンニングペーパーをきっちり確認すべし。

というわけで、はい、今日はここまでっ。 次回はオカリナの>デクレッシェンドとコカリナの>デクレッシェンドについての裏技を。(いつになるやら・・・)

2007年9月28日 (金)

4年前の写真

Shell

今子供に大人気の小島Yしおのギャグ(?)が競走馬の名前に使われるというのでてっきり「オッパッピー」だと思ったら、「ソンナノカンケーネ」だそうで、それを聞いて今度は、アンデネスの井上さんあたりが「ソンナノカンケーナ」とか言うんじゃないかとか、クダラナイことをつい考えてしまいました。・・ 思考回路がオヤジ化している・・。泣いてやる!

Yuishellところで。必要があって、以前撮った画像を探していたら、かわいい写真が出てきました。一番上のはちょうど4年前の愛猫シェルです。(クリックで拡大されます) そして左の写真は、娘とシェルの2ショットを2枚を縦に重ねて1枚になっています。 このときの娘はまだ一年生でした。 そして下の写真は4年経ってオトナ猫になった今日現在のシェルです。

P1010022_2

P1010025 左は「カメラはちょっと嫌だな」という顔で、右は何枚も撮られてかなり怒ってる顔です。小さいときにはあんなにキュートだったのにオトナになるとこの変貌ぶり。(笑>人も同じ?) 怒りんぼでも暴れん坊でもやっぱり可愛い家族です。

ちなみにシェルはオカリナとコカリナの音が嫌いです。練習していると絶対に部屋に入って来ません。 リビングで吹くとクローゼットの中に逃げ込んでしまいます。小鳥は飛んできても、猫の耳には障るようです。(笑)

というわけで、次回は久しぶりにオカリナの話を。 pp オタノシミニ。

2007年9月27日 (木)

看護士Fさんのこと

★遅くなりましたが、LIVE PHOTOに、7/29コカリナリサイタルの写真を6枚追加しました。

★BBSに、グルーポ・アンデネス、テレビ出演のお知らせを書き込みました。

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きのう母が退院してきました。思ったより早く退院できて、調子も悪くはないので、ほっとしています。

病棟に、とてもステキな看護士さんがいます。彼女は母を患者としてではなく、まるで自分の親類のように、たとえば自分の旦那さんのこと、身内のことなどを母に相談しながら点滴の針を入れたりします。その話し方や振る舞いがいつも自然で、しかも看護全てに渡って腕がいい。(笑)

けしてお世話をするという立場ではなく、ただ当たり前のように看護をしながら、家族のように接してくれるので、母はとても安心するらしく、彼女がいるのといないのでは、体調も変わってしまうほど。

そんなFさんがある日病室に入ってきて、「実は私、今妊娠してるんです」と母に告白。「病院(職場)には言ってないんですけど・・・まだナイショにしといてくださいね。」 一年前に母の担当になった時から子供が欲しいと言っていたのを知っていたので、母は本当に嬉しく、思わず手を取り合って涙してしまったそうです。まだ職場でも話していないことなのに、患者にそっと話してしまうなんてね。そういうところが彼女らしい。(笑)

でも通勤も遠く、夜勤のある仕事をしながらの子育ては厳しいからと、看護士を辞めることを考えているとのこと。こういう人こそ、続けていってほしいのに・・・。子育てと仕事の両立は確かにむずかしいものですが・・。 彼女は母に、「黙って辞めるようなことはしませんから、」と約束してくれました。 

月が本当にきれいです。雲の間から突然現れる月の光はとても幻想的です。

もうこんなに秋だというのに、明日は最高気温30度という予報。体調崩さないように、みなさんも気をつけてくださいね。

2007年9月25日 (火)

中秋の名月

Jugoya 今日は十五夜です。松林の上に浮かぶ美しい満月を娘とふたりで見ることができました。(写真はその時のものではありませんが)

去年の十五夜は、母が入院している病院で、月を見ながらお団子とお抹茶を頂くというイベントがあって、ボランティア室から声をかけていただいたので会場でオカリナを吹きました。秋の曲、月にまつわる曲を20曲くらい。天気が悪くて月がまったく見えなかったので、オカリナの音色が満月の代わりになりました。

今年もちょうど母の入院中に当たりましたが、演奏はなく、患者さん同士のお話の会になったようです。

P1010003 さてこちらの写真はうちの玄関の横に咲く「ど根性百日草」でございます。コンクリートとアスファルトの隙間に種が落ちたらしく、土はほとんどないのに根をつけて、元気に花を咲かせました。一時期ど根性だいこんとか、ど根性スイカが話題になりましたが、こういうのって確かに励まされるというか、見る度にちょっと嬉しくなります。忙しい毎日の中で力をもらうひと時。

P1010005 そして同じく、見る度に微笑ましい(?)いやもし少々腹をたてているときでも笑ってしまう母屋のデブ猫「かーにゃん」でございます。太った猫は性格も温厚でかわいい。こうしてお腹を出して寝ているときは体調良好で、リラックスしている時です。見ているだけで和みます。

・・・というわけで、今日は幸せをくれる月と花と猫のお話でした。

2007年9月24日 (月)

晴天の運動会&・・・

22日は娘の運動会で、朝早くからお弁当作り。天気も良くて、グラウンドは紫外線が強く、陽が当たる腕とか肩が熱~くなるくらい。 お昼休みが終わったあたりで頭がぼーっとしてしまって。歩いて帰るときにはクラっと・・・。(笑) 軽く熱中症ぎみだったみたい。 

Aut_0483 Aut_0484 運動会がどうだったかというと、今年もビデオ片手にあっちこっちウロウロしましたが、徒競走、旗立て、組み体操も頑張っていました。写真はビデオのカットなので画像が荒れていますが、一応娘の勇姿を2枚ほど。(バカ親です)

運動会から帰ると、連絡待ちの電話が何本も入っていて、その対応に追われているうちに、あれ?もう娘を塾に送らなければ、という時間。 送って帰ってきて着替えて、娘の迎えと同時にそのままじんちゃんのソロライブに・・。父が母の病院から帰ってくる時間に合わせて、1ステージ見ただけで帰ってきて、軽食の支度。 やっと落ち着けたのは午前2時。長い一日でございました。

で。夜、帰ってきてテレビをつけると、ちょうど娘が好きで楽しみにしているお笑いの番組、「エンタの神様」が始まったばかりで、娘が「おかぁさん!風の小三郎が出てる!!」と大声で呼ぶのでテレビの前に行ってみたらば・・・。

ご存知ですか?「風の小三郎」。イデタチは裸の大将、あるいはカールおじさん。ウソかホントか28歳だと言っているけどとても見えない。 東北弁でトツトツとしゃべるネタの合間にオカリナを吹くんです。これがけっこう上手いの。使っているのは多分ナイトのオカリナホワイト、ソプラノC管。keyはD、ちょっと物悲しげなオカリナらしいメロディで、一緒に吹いてみたら、娘が、「小三郎のほうがおかぁさんより上手くねっ?」だって。「ねっ?って言うのやめなさい。」「おかぁさんよりタンニングがはっきりしてるし」・・・・くぅ~っ、娘ナマイキ!あくび 「タンニングがはっきりしてればいいってもんじゃないのっ」なぜかムキになる私・・・(笑) でもこの人のネタ抜きのマジな演奏、ぜひ聴いてみたいです。

そしてきのう23日はお昼から娘と母の病院に。 疲れがとれていない娘は車の中でまた爆睡。家に戻ってきてからもバタリと寝てしまいました。足のあちこちにアザができてるし、筋肉痛も。運動会のあとが連休でよかったです。全力を出しきれるような体験は本人にとっても達成感があるらしく、まだ疲れが残ってはいるけどいい顔してます。笑顔でも逞しくなるのはいいけど、ナマイキなのは困るなぁ。トホ。

2007年9月21日 (金)

お嬢さまは、おばぁさま?

家の前の下水道工事はまだ続いています。アスファルトを掘り起こす、ガリガリというユンボの音や、砂利を埋めて叩くドスンドスンという音が、毎日交互に聞こえてきます。一ヶ月 も続くと少しは慣れてきましたが、これ、来年の2月まで続くそうで・・・気が遠くなります。

とまれ!交通整理のおじさんはすぐに私の顔と車を覚えてくれて、家の前に近づくとすみやかに工事車両を移動してくれたり、誘導してくれるので助かるのですが、先日、私が「すいません、車出します」と言ったら、突然何を思ったか、「お嬢さま通ります~!」と叫ぶのでぎょっとしてしまいました。 ウケ狙いか?からかわれたか?とその顔を見たら大真面目で。そんなぁ・・・ 悲しい リアクションに困るよぉ~。 大声で否定するのもヘンなので、そのままにしておいたら、帰ってきたときも「お嬢さまの車入ります~」と叫んでおられました。 笑顔

おじさんにしてみたら、「ここん家のおばちゃんが通ります~」と言うわけにもいかないし、そう言っときゃ悪い気はせんだろう、ってとこですかね。 わかんない ま、いっか。 笑顔

確かにお嬢さまと言われて悪い気はしないけど、 そういえば、11年前、忘れもしない高田馬場のピーコックでのこと。生まれて間もない娘(生後2ヶ月くらいだったかな)を抱いて買い物をしていたら、知らないおばちゃんから、「あらかわいいわねぇ、お孫さん?」と言われたことがあります。

そりゃ、確かに38歳マル高での出産だったけど、お孫さんはないよぉ~、ショックだったなぁ。その時たまたま隣りにいたのが親(悪)友のY子。それはそれは嬉しそうに「ククク・・」と笑いを押し殺しておりました。ヤナヤツ。

で、その数ヶ月後、今度は確か西荻窪の西友にて。娘をベビーカーに乗せて同じくY子とふたりで買い物をしていたら、またまた知らないおばちゃんが、「あら、かわいいわねぇ、おかぁさんにもお父さんにも良く似てることぉ~」って。今度は私が「ククク」 と笑う番。 だってY子は170センチに近い長身で、これは明らかに「お父さん」に間違えられてるってこと。 笑顔

今はもうそんなことはなくなりましたが、小さい子供を連れて歩いていると、知らないおばちゃん、八百屋のおじちゃん、同じ子連れのおかぁさん、・・・ずい分いろんな人から話しかけられました。中には、娘のことを、「かわいい子だね、かわいい子だね」と何度も言ったあとで、「で、この子あんたの子?」と率直な疑問を投げかけてきたおばちゃんも・・・。(爆) 私の年齢も、「お孫さん?」と見られたかと思うと、20代に見られたりすることもあって。 つくづく、人の見方はそれぞれだなぁと思ったものです。

さて明日(今日)から母がまた入院です。一週間か10日か・・・丘の上の病院に通います。少し涼しくなってくれるといいのだけど。

2007年9月19日 (水)

母になっても・・・。

谷亮子選手、すごいですね。ママになっても金、実現させてしまいました。 赤ちゃんを抱いているときは、すっかりママの顔になっていたけど、きのうの試合の時の顔は完全に「ヤワラちゃん」でした。

ここ数週間、放射線治療の後遺症からか、母の記憶が揺らいできました。記憶といっても、過去の、ではなく、たとえば一週間後に病院に行く予定のことが、「明日病院に行く」になってしまう。3日後のことも、5日後のことも、すべてが「明日」。まだ起きていない未来のことだから、そのまま「そう、明日だね」にしておけばいいのだけど、明日ではなく、3日後のことだとわかると、すぐに間違いに気づいて、「あ、そうだった」と理解できるのです。だから症状は軽い。ただ間違いに気づくこと自体が母を苦しめているようで、どうして日にちがわからなくなってしまうのだろうと、その度に気を落とし、自分に起きていることが理解できない悔しさや、状態が悪くなっているのではないかという不安で泣き出してしまいます。そういうときは慰めたり励ましたりするより、ただただ母の不安を受け止めることしかできません。母の口から出てくる言葉全てを聞いていると、こちらもつらくなるのだけど・・・でもそれだけで少し気持ちが軽くなるようで、しばらくすると落ち着いてきます。

病院にいるときは、早く家に帰りたい、と言い、しばらく家にいると、今度は病状が不安になって、早く病院に行きたい、と言います。 家族にとっても切ない日々です。

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夏以来、娘のことや母のことしかブログに書いていない気がしますが、それが「日記」だからしょうがないですね。(笑)本当はもっと面白い記事など書ければいいのだけど。

こうして思うように自分の練習ができなかったり、音楽に浸かれない日々が続くとき、思い出すことがあります。

ちょうど10年前のある日。私は1歳の娘を抱いて、吉祥寺のとあるライブハウスの階段を下りていきました。所属していたバンドのライブにゲストとして出演する予定でした。中からは大音量のベースの音がバシバシと聴こえてきて、階段の途中で突然娘は火がついたように泣き出してしまいました。

なだめてもすかしても、泣きじゃくってどうにもならないので、私はリハーサルもそこそこに、本番まで会場を出て、娘と遊ぶ、と決めました。

これからライブだということを忘れて娘と向き合うと、しばらくしてご機嫌も直りました。

「本番です」と呼ばれた声で、抱いていた娘をダンナに手渡して、すぐに階段を駆け下りそのままステージに・・・。そのままの状態で笛を吹きました。

ライブが終わってから、何人かの人から、「今日の笛の音はすごかった。鳥肌たったよ」とか、「泣きそうになった」などと言われて驚きました。 どうしてだろう?リハも準備も何もできなくて、直前まで娘をあやしていたのに?ステージ駆け込みだったのに?何も考えてない状態だったのに?

すると友人のひとりが、「だから、じゃないの?」

彼女は私の笛の音が、母なる大地の音だった、と言ってくれました。 「子供のために生きている母そのものだったんじゃない?」 そんな賞賛の言葉をもらったのは初めてでした。

子供が生まれてからは目の前のことをこなすだけで精一杯の日々で、そうして子育てをしてきた、というそれだけのことが、もし「音」を変えるのだとしたら、日々をどう生きるかということが、音にはすべて現れる、のかもしれない。

 音、は、過去でも未来でもなく、いつも「今」。 過去をごまかしたり未来を取り繕うことはできても、「今」を隠すことはできないから。 音を出す人は、(演奏する人は)それが歌であっても笛であってもギターであっても、どんな楽器でも、その人の全てが「音」に現れるということを理解するべきなのかもしれません。 ・・・といつも自分に言いつつ・・・。(笑)

目の前のことに追われるだけの毎日でも、誰かのために生きる日々なら悪くない。よね。・・・と、自分に言いつつ。

2007年9月17日 (月)

久しぶりの大会

今日もヘンなお天気でした。時折ものすごいどしゃ降りかと思うとカラっと晴れて、陽射しが暑いっ!!暑すぎるっ!! 静岡までの国一バイパスも、どしゃ降りの中ワイパー全開で・・、かと思うと道路がまったく濡れてないところも。ラジオの予報によれば、台風の影響で南からの風が日本海側に吸い寄せられている?ので、不安定になっているとのこと。

そんな中、大会は無事終了いたしました。

先に結果をご報告すると、予選は通過、準決勝進出、決勝には残れず。というわけで、はい残念でした。(笑) ジュブナイル(中学生以下)の出場ペアは全部で20組くらい。準決勝に残るのは12組。最後の決勝に残るのは6組。冷静に見て、娘とKちゃんのペアは20組中8位~10位くらいだったんじゃないかな、と思います。 

Aut_0472 決勝に残った子供たちは飛び級で大人の部にも出場しているくらいの実力です。動きが違うし切れが違う。衣装も大人顔負けです。(左の写真は大人の部に出ていた小学生。)(写真はビデオからのカットです)

Aut_0473 Aut_0474 久しぶりの大会、スクールの子たちは例のごとく単純に楽しんでいて、お決まりのスパンコール拾いも充分楽しみました。(笑)満足だったんじゃないでしょうか。負けてもあまり悔しくないみたいだし。 先生も、「いいのいいの。」って欽ちゃんみたいに頷いてるし。(爆)まぁそれはそれでいいのかなぁ・・・。

Aut_0475 Aut_0481 でもちょっとだけ疑問が残ったので、帰りの車の中で娘に聞いてみました。「楽しく踊ることが目的だったら、何も大会に出なくてもいいんじゃない? 毎週のレッスンが楽しくできればいいんだったら、わざわざ負ける大会に出る意味があるのかなぁ?」 

すると娘、「大会で負けても、楽しかったよ? 楽しいと出ちゃダメなの?」いやそうは言ってないんだけど。(苦笑)

がむしゃらに勝ちに行く子がいれば、参加することに意義があるだけの子もいて。どっちがいいかは、これもまた価値観でしかないのですね。勝ちたいと思うのも、楽しみたいと思うのも、大人が押し付けているものではない限り、どちらも正しいし、両者がいるから競技会が成立する、とも言えるんじゃないかな。

先生はもっとずっと長い目で見ているようで、「子供にはタイミングがあって、いつだってその気になる可能性を秘めてる」と言います。その上で、その気にならないまま終わるのもよし、と、大きく手を広げてくれています。ご自分のお子さんを含めて、たくさんの子供たちにダンスを教えてきた経験からの言葉なのでしょう。

厳しい先生の下で、何度も負けて、その悔しさをバネにする子もいれば、天才と言われ簡単に勝っていく子もいて、ただ楽しくて、そのうち飽きてしまう子も・・・でも大人になってまた踊る楽しさを思い出すことがあれば、それは宝物になっていく。 音楽もまったく同じです。道筋はどうであれ、やっぱり何事も「好き」でなければ続けていくことはできません。だから「好き」を大事にするというとてもシンプルな答えです。

たまたま娘がかかわることになった社交ダンスの世界。教えられることがたくさんあります

でもね、(pp)ほんとは、私はいまだにあの、腰のくねくねが脅威です。(笑)

2007年9月16日 (日)

前後不覚・・。

きのうから弟夫婦が来ていました。ここ数ヶ月は母の様子を見に、頻繁に帰ってくるようになりました。やっぱり家族が揃って一緒に食事をしたりすると、母に笑顔も増えて、調子も上向きになってくるような気がします。 今日は娘とのコラボで、家族の前で演奏してみました。「ピアノソナタ第8番『悲愴』2楽章」ポップクラシックの楽譜から。 娘はエレクトーンを弾き、私はもちろんオカリナです。親子で演奏できるというのはちょっと嬉しいことですね。

きのうの夜は娘とふたりでテレビを見ていたのは覚えているのだけど、(確かエンタの神様・・・にしおかすみこまでは覚えてるぞ) 知らぬ間に眠ってしまったようで気がついたら午前2時、リビングのテレビも、電気も煌々と付いたまま、ここはどこ?私は誰?という状態。娘がいつ寝たのかもまったく記憶にない・・・最近こんなふうに前後不覚に寝入ってしまうことが、時々あります。疲れの度合いが自分で量れてないのか? でも若いときには有り得なかったこと。

子供が小さい頃は寝かしつけていてそのまま一緒に寝てしまった、なんてことはよくありましたが、それでも小一時間もすれば目が覚めて、それから動くことくらいできました。今は目が覚めても部屋の電気を消して歩くのが精一杯。ちょっと自分で情けなくなります。ま。寄る年波というか・・・受け入れがたい変化も起きてくるものですね。 やっぱり年代物になってきた証拠かな。(笑)

さて明日は大会です。@グランシップ静岡。社交ダンスの大会というのはなかなか不思議な世界です。初めて参加したときには会場の雰囲気に圧倒されました。 明日は大会の子供たちの様子をご報告します。

2007年9月13日 (木)

コンクールの思い出

きのう12日は、アメリカのニューヨークでは11日、言うまでもなく9・11同時多発テロからちょうど6年の月日が経ち、少なくとも朝のテレビはこの話題でした。ところが午後には安倍総理が突然の辞任とのニュースで各局おおわらわ。9・11はすっかり吹き飛んでしまいましたね。

NY同時多発テロからもう6年が経つ、というのも感慨深く、あのニュースを知ったときのショックは今も忘れられません。

しかし安倍総理が昭和29年生まれで、えっ?! 私と4つしか違わないの?  同年代は松任谷由美、石田純一、と聞くと、ずい分若い総理大臣だったんだなぁと、改めて驚いた次第です。 海千山千のおじぃ達からはぶちぶち言われ、年下のコイズミチルドレンからも突き上げられ、きっと心労が重なったのでしょう。どの議員さんも「有り得ないことだ」とか「信じられない。無責任だ。」とか言ってるけど、責める暇があったらどんどん次のことに取り掛かってくれなきゃ。ただでさえ安部内閣は問題ばっかりで・・・   (^O^) あ、これ以上はやめとこっと。

で。下の写真はそんな話とはまったく無関係な、先日の地区体育祭の応援合戦の写真です。大塚愛のピーチ。Chikusai (^O^)  

ところで、11日のブログにlennyさんからコメント頂いて、そうそうそういえば、と思い出したことがあります。 かれこれ20年くらい前に、私も「全日本古楽コンクール」というものにエントリーしたことがありました。

最近、ドラマ『のだめカンタービレ』のロケに校舎が使われて有名になったらしい(?)と聞きましたが、 とある音大の短期大学部の音楽教育科を中退して数年が経ち、20代も後半だというのに何者にもなれない自分に空回りしていた時期です。 とにかく何か目標を立てないと前に進めないような気がして、コンクール出場を決めたのでした。ブロックフレーテソロ部門での出場。チェンバロの相棒と一緒に山梨まで行きました。 (ブロックフレーテ=ドイツ語/バロックリコーダーの正式名称)  結果はどの賞にも引っかかることなく惨憺たるものでしたが、そのことよりも、コンクールが終わった直後、ある方から、

「あなたのような、感情がこめられたリコーダーを聴いたのは初めてです。・・・でも、あなたのリコーダーはバロックじゃないね。」

・・・と言われました。これがショックで。  自分では完全に「バロック音楽」を学んできて、「バロック音楽」を演奏しているつもりだったので。 入賞できないことは覚悟していたし、それよりも出場できたことで多少なりとも達成感を感じていたのですが、その言葉にガツンとやられ、意気消沈して東京に帰ることになりました。

でもその言葉を頂いたおかげで自分が音楽で何を表現したいのか、ということを初めて考えました。 もしバロックが感情を入れてはいけないものだとすると、私には向いてないのかもしれない。(笑) だからその枠を飛び出して、バンドの中でリコーダーを吹いたり、お芝居の中で即興演奏、などということに挑戦していくことになったのだと思います。

だから今はその言葉の意味も理解できるし、言ってくださった方に感謝しているのですが。それがいったい誰だったのか、声と言葉だけはしっかり記憶されているのに・・・実は顔も名前も、まっっったく覚えていないのでありました。(笑) 

2007年9月11日 (火)

月謝壱千円の習い事

だいぶ過ごし易くなってきました。今日あたりの最高気温は26度くらい。もうエアコンをかけなくても充分過ごせますね。 さて9月といえば運動会。先日地区の体育祭があったばかりですが、娘の小学校の運動会も近づいてきたので、毎日の練習に疲れてしまうようで、家に帰ってくるとバタリと寝てしまうことが多くなりました。小柄で体重が軽い娘は、組体操で一番上に登るそうです。

私は走るのが遅かったので、小学校の頃は運動会が大嫌いでした。4年生のときに、四人でハリボテの馬を運ぶ「Mダービー」という種目があって、運動場を半周するのに、他の3人に着いていけず、馬から手が離れてしまって、ひとりだけモタモタ後ろを走ることになり、とっても恥ずかしい思いをした思い出があります。見ていた親も相当恥ずかしかったらしく、我が家では今でも語り草になってます。体育の授業で好きだったのは水泳と跳び箱だけ。(笑)あとは全然ダメでした。今となっては、きっともう跳び箱なんて飛べないんだろうなぁ・・・。(^-^; (飛ぶ機会もないけど)

でも幸い娘はそんな母に似ず、とりあえずなんでも無難にこなせるようで、運動会が楽しみです。

来週17日には久しぶりに社交ダンスの大会があります。もちろん私が出るわけじゃぁありません。(笑) 娘が保育園の年中さんの頃からずっと続けている習い事。・・といってもまったく厳しくないレッスン。たまたまお友達に誘われてスタジオに遊びに行ってみたら、手をつないで踊るお遊戯が楽しくて、そのまま続いて早6年。なんといっても先生がやさしい。月謝は週一回1時間のレッスンでなんと破格のたった1000円。(一回250円!ほんとに助かります) それでも3年くらい経つとお遊戯からダンスの形になってきて、じゃぁそろそろ大会に出てみよう、ということになり、 だいたい地方でそんな小さい頃から社交ダンスをやっている子供なんてそうはたくさんいませんから。大会によっては出場人数が少なくて、中部大会ジュブナイル(中学生以下の部門)ワルツで運良く優勝してしまったこともあります

でもさすがに高学年ともなると実力の差は激しくなってきて、そう簡単には上位に入ることができなくなりました。 だいたい入賞する子はプロダンサーの子供とか、将来プロになるつもりでやっている子に限られてきます。そういう子供たちはほとんど毎日厳しいレッスンを積んでいるので、週一回気楽にやっている子供達とはもう体の動き方がまっったく違うし、(特に腰の動きが・・・(笑)) それ以上に心持というか、「気迫」が違います。 だいたいうちの娘とお仲間たちはいつもお気楽で、大会に行くと必ず、大人の衣装からぽろっと落ちるスパンコールやスワロフスキー(光るビーズ)がフロアーのあちこちで光っているので、それを「誰が一番たくさん拾えるか」ということに夢中になるのです。(--;) 

たとえば出待ちのとき。 かたや先生から「もっと集中しろ、そんなことじゃ入賞できないぞ!!」なんてゲキを飛ばされている子供、そのすぐ横で、ドレスを着ていることも忘れて床に這いつくばってスパンコールを拾って喜んでいる子供・・・。 そりゃ結果は目に見えてるよね。(笑)

そういう子(ゲキを飛ばされている子?)にはかなわない、ということがわかってくると、大会に出る気持ちも薄れてきて、このところはずっと出場を見送っていました。 娘と同期の子供たち全員がそろそろ6年生や中学生になり、勉強や部活が忙しくなってくる時期なので、今回これが最後の大会、というつもりで出場しよう、ということになったのでした。

Yuiwarutsu ダンスを続けるのもやめるのも、結局は本人の選択なので母としてはどちらでもかまいません。 やさしい先生の下で気楽に楽しくやってこられたこと、小さい頃からラテンを踊ることで、リズム感を養ってこられたこと、月謝が格安だったこと、(笑) 娘に「ダンス友達」ができたこと、パートナーへの思いやりを学んだこと、などなど、得られたものは大きいです。 写真は2年くらい前の大会のときのもの。  ちなみに優し過ぎる先生はこんなことを言っています。

「ぼくはね、この子たちが、『ダンスって楽しい!』と思ってくれればそれでいいの。大人になって思い出してくれればいいんだよ。」 

だから月謝も格安なのです。 そんな先生のジュニアクラスに通っていた子供達の中には、大学生になってからヒップホップダンスに目覚め、大会で優勝した子や、同じく大学で社交ダンスを再開して各大会の学生部門で優勝、その後プロになってしまった兄妹ペアもいます。

さて娘たち。今度の大会は、スパンコールの拾い納め、になるでしょうか?(笑)

2007年9月10日 (月)

リベンジ縮小版フェスタ

今日(日付変わってきのう)は、7月に中止になったマリンフェスタのリベンジ縮小版ともいえる町づくり推進会のお祭りが市営のマリンプールで行われたので、娘と一緒に遊びに行ってきました。(縮小版になったため、オカリナなどの個人演奏は割愛されました) 子供たちには流れるプールでの「カヌーとタライ舟体験」があったり、ブラスバンドの演奏、ラテンバンドの演奏、食べ物屋台もあり。(富士宮焼きそばが美味でした)

会場が良かったこともあって、(プールサイドにイスとテーブルがたくさんあり、芝生スペースもある) なかなか盛況でした。 来た人がゆっくり落ち着ける場所がある、というのは大きいですね。これは毎年続いてしまうかも。(笑)

ただラテンバンドの演奏の最後のほうで急に雨が降り出してしまって、お客さんたちもあわただしく会場を出ていましたが、会場からはまだ音が聞こえていて、楽器・機材は大丈夫だったかな・・・?と、気になってしまいました。演奏しているほうは、楽器の心配をしながらも、プログラム上、すぐにやめるわけにはいかないし、でもお客さんは帰ってしまうしで、この状況は嫌だろうなぁ・・・と、帰るのが申し訳ないような気分で・・・。でも車まで走って、そのまま帰ってきちゃったんだけど。(笑) 

野外のステージは天候急変の可能性が大きいのでいつも苦労しますが、もし突然の雨で楽器がダメになるようなことがあっても、主催者が保障してくれるわけではないので、そういうリスクを考えれば、「本当は野外こそ高いギャラもらわないと」、というミュージシャンは多いのです。 でも地域のお祭りなんて、予算が少ないですからね。それがなかなかむずかしいところ。

今も遠くで雷が鳴っています。 スタッフのみなさん、お疲れさまでした。

2007年9月 7日 (金)

♪台風のこと♪じょうろのこと

台風9号は日本列島に爪あとを残して、未だ北のほうに停滞しているようですが、みなさんの地域は大丈夫だったでしょうか? 朝起きたときにはまだ警報が解除されていなかったので、小学校はしばらく自宅待機で、10時の登校になりました。午後4時くらいまで強風が吹き荒れて、夕方、娘を学童に迎えに行ったときに校庭で空を見上げると、雲の動きはとても速くて、海からはドカ波の音が轟いていました。

夕べは、暴風雨の中、築20年の我が家はいったいどこに隙間があるのか、まるで壊れたリコーダーのような、ケーナのような、ヒュ~ゥ~~ウゥ~~ というロングトーンがずっと鳴り続け、 娘が、「おかぁさん、家が笛みたいだね」なんて申しておりましたが、まったくこれがみごとにヘタクソでうるさく。(笑) 不安が吹き飛ぶほど笑わせてもらいました。

調布のまなびやのコンサートもこの台風で中止になってしまったようで、残念です。・・・いずれにしても私は行けなかったコンサートなのですが、「じょうろくらぶ」の活動の原点でもあるイベントなので、参加できなくても心は現場に飛ばす(笑)つもりでおりました。 

じょうろくらぶとは、メンバーが決まっている「バンド」ではなく、ドラムのガンタさんを筆頭に、プロ・アマ含めてそのときに集まれる(演奏できる)メンバーで結成されるボランティアバンドで、その活動そのものが「じょうろくらぶ」なのです。

私は6年前の石垣島小学校出前コンサートのときが初めての参加でしたが、調布まなびやのコンサートはそれ以前から、もう10年続いています。 うちの娘が通う学童でも、毎年じょうろのコンサートを開催して、4年続いたのですが、諸事情があって、去年で打ち切りになってしまいました。ボランティアの演奏活動というのは続けていくのがとても難しいものです。 主催側の人員移動があるだけで、全てが変わっていってしまうし、けして押し付けるものではないので。

でもじょうろの常連メンバーはほとんどがプロのミュージシャンであるにもかかわらず、それが小学校でも保育園でも施設でも、無償で快く、心から力を尽くしなおかつ楽しんで演奏してくれるので、その心意気を大切にしたいと思っています。

今年は7月のマリンフェスタもまなびやも台風で中止。学童のコンサートもなし、となると、今年はじょうろの活動は小休止の年なのかもしれません。 来年は、新しい風が吹くように、充電してその時を待ちたいと思います。

2007年9月 6日 (木)

台風接近の午後です

関東東海地方は台風直撃をまぬがれないようですね。こちら東海地方、雨はまだ大丈夫ですが、少しずつ風が強くなってきました。警報が出たので学校も下校になって、テレビでは常に八丈島からの台風情報・・・なんだかまるで台風9号さまをお待ち申し上げるような感じになってきました。(笑)

こうして台風が近づいてきたりすると、うちの父(77歳)は必ずテレビに釘付けになってしまうのですが、うちの弟もそうらしく、男の人ってみんなそうなんでしょうか?それとも家の家系だけ?(笑) テレビを観ながらつぶやいていることを聞いてると、「NHKの情報だと○○なんだよなぁ」とか、「○○TVの地図だともうちょっと右寄りに進んでるんだよなぁ」とか、私からすれば、「どっちだっていいじゃん」と思うようなことを真剣に語ってる・・・。 「もうちょっと右に寄ってくれればいいのになぁ・・・」って。(笑)「きっとそっちの人はもうちょっと左に寄ってくれって言ってるよ?」と突っ込む私。(イヤな娘?<爆)

ちょっと右寄りでも左寄りでも、暴風域に入りそうなことに変わりはないんだから、女の人は、「じゃぁ夕方にはもう買い物に出られそうもないから何かあるもので作っておこうか」とか、「懐中電灯どこにあったっけ?」なんてことを思うんですけどね。どうやら男の人にとっては細かい情報が大切らしい。(笑)

うちは父以外、従業員も含めて全員が女なので、普段でもワイドショーなどを見ながら、父が「○○の言ってることはおかしい。あの政治評論家がこう言ってるのは筋が通ってない」などとつぶやいているすぐ側で、たとえば母は「あら、この人こんな髪型だったかしら?カツラにしたんじゃないの?」なんて言ってるし、(笑) 女性はたいていその人が話している内容よりjも、表情だとか、口元だとか、服装なんかを見て、「この人の言うことは信頼できる」とか、「この人は本当のことを話してない」とか、判断しているのですね。 

そう、だから女の人は理詰めじゃ口説けませんよ、若い男性諸君。  って、あれ?そうそう台風だった。 そんな話してる間に雨も強くなってきました。早く雨戸閉めなくちゃ。

2007年9月 5日 (水)

All my relations

ブログを開設して一ヶ月半が経ちました。各方面の方からメールを頂いたり、感想を頂いたりと、嬉しい限りなのですが、 不思議なのはそうやってご無沙汰していた友達や遠い知り合いとまた繋がりだしたとたんに、ブログのことなどまったく知らない(たとえばパソコンを持たない)人とか、ずっと長い間連絡をとっていなかった懐かしい人からも電話をもらったりするようになりました。なぜかその電話の第一声が、「久しぶりに声が聞きたくなったから」 って、みんなおんなじなのがまた可笑しい。 でも一番驚いたのは、私に「富士山にこのキャンドルを持って行きなさい」と言ったインディアンのエルダーが、アメリカの友人を介して「彼女はどうしている?」と私のことを聞いていた、という連絡をもらった時。 だってこの10年、彼は行方不明でどこに居るのかもわからなかったのに。 ビリッと電流が走りました。(笑)

この現象はきっとある種のテレパシーに違いない。(笑)

人との出会いや繋がりって本当に不思議です。こうしてブログという形で発信していくだけで、ほころんだ糸を紡いだり、また新しい結び目ができていくのはとても嬉しいこと。これからも大切にしていきたいと思っています。 

ご縁あるみなさまに感謝をこめて。

2007年9月 4日 (火)

年代物って?

筋肉痛です。全身ピキピキ言ってます。(>_<)ゞ情けないです。ま、わかってたことですが。(。-_-。) 日曜は曇ったり晴れたりで、暑すぎず雨も降らず、体育祭にはちょうどいいお天気でした。振り付けを担当した応援合戦、子供たちはみんな頑張ってくれたし、よかったよかった。 

地区祭が終わると、夕方から懇親会が始まって、さぁビールビールということになるのですが、その席で、たまたま近くに居た方がふたりとも看護士さんだったので、病院の仕事の話題になりました。ひとりは外来勤務をやめて訪問看護の仕事に、ひとりは婦長さん(今は看護士長さんというのかな?) までいったのに、長く勤めた病院を辞めてしまって、「今は気楽な一看護士よ」と。

その元婦長さんはあるとき、ひとりの患者さんが死を目前にして、「自分の身の上の話をしたい、自分の家族に宛てて手紙を書きたいから、代筆をどうしても婦長さんにお願いしたい、」と言われたので親身にかかわったところ、上から「それは婦長の仕事ではない」と厳重注意されたのだそうです。

婦長さんになると、看護士の管理指導が仕事になってしまうので、患者さんと直接かかわることができなくなってしまう。 もちろん管理指導は大切な仕事だけれど、でもそれは自分のやりたいことではない、と思ったので、「だから辞めたの。」と笑顔で語ってくれたのでした。

こんなふうに潔い決断ができる人は、きっといい看護士さんなのだろうな。だからその患者さんも、彼女にだったら話せる、と思ったのでしょう。 他人のお話なので詳しくは書けませんが、その患者さんのお話聞いたら私も涙でした。

正直、出席するのはめんどくさいなぁと思っていた懇親会でしたが、いいお話が聞けました

応援合戦でのダンスは評判が良かったようで、来年も(振り付け)やってね!!なんて言われて。もう年々きつくなるんだから。こういうのは私なんかにまかせちゃダメだって。若いお母さんがやったほうがいいって!、と何度言ってもなかなかみんなに聞き入れてもらえません。「古庄さんじゃなきゃだめ」そう言われて嬉しくないわけじゃないけど・・・困ったなぁ。

ため息ついてたら、うちの娘が助け舟のつもりか、ぽつりと。

「うちのお母さん、年代物なので」  ・・・(。-_-。)誰がやねん?!

(笑) 結局来年までということで引き受けることになりました。あと一年だけ、年代物の老体にムチ打って頑張りますよ。うん。(泣)

2007年9月 1日 (土)

母のこと

今日は先日購入したソファーが届くのを待つ一日になりました。午後の便でということだったけど、現在午後4時、まだ届きません。前からリビングに置きたかったのですが、買うにはいくつか条件があって、まずシンプルなソファーベッドであること。高価じゃないこと。軽くて動かすのが楽なこと、ビニールや皮のものはNG、綿がベストだけど猫のつめが引っかからないもの。原色はNG、一度座ったら立ち上がるのが嫌になる低いものはNG、(笑)などなど・・・。 その条件で探しているとなかなかみつかりません。これはいいかも~!と思うと15万円以上だったりして。 うちにはニャンコがいるので、しかもかなり暴れん坊なので、高い買い物をして傷になったり汚れたりすると後悔するので二の足を踏んでいたのでした。 全ての条件をクリアするものはいつまで待ってもみつからないので、結局、「動かすのが楽・・じゃないもの」(つまりけっこう重い・・)になりました。(爆)あとの条件はクリア。セール品なので安かったし。(嬉) 娘の憩いの場所、になりそうです。

娘はブラスの練習の一日、明日の地区祭で演奏するのは「スターウォーズのテーマ」だって。かっこいいなぁ。(笑)

きのうは久しぶりに母の髪を切りました。以前は一月半ごとに美容院に通っていた母ですが、病気をしてからは私がにわか美容師になるか、ときどき病院の中にある美容室でカットしてもらっています。 このところはとても元気で、穏やかな日々を過ごしています。気分のいい日は積極的に会社の伝票整理をしたり、トラックの八百屋が来ると(うちのほうにはトラックに野菜を積んだ八百屋さんが来ます)野菜を買いに出てみたり、日中はいつ人が尋ねてきてもいいようにちゃんとお化粧をして、赤い口紅をさしています。もともと小さい人だけど、体重は38キロくらいに減って、体力も落ちていて、ときには寝込むこともあるのに・・・、それでも淡々と日々の生活を、ただ普通に過すことを楽しんでいるようにも見えます。抜けた髪を上手に隠すための帽子もいろんな色で20枚以上揃えて、その日の服に合わせてどれが合うかしら?と楽しそうに選んでいる・・・。たとえ70歳を過ぎても、治療で髪が抜けても、身綺麗に整えることを忘れない。 特別に趣味を持つわけでもなく、父の仕事を支えることだけに日々を費やしてきた人だけど、そんな日々の中で、女性としてのプライドを大切に保ってきた母の長い時間を思うと、若い頃には、母のようにはなりたくない、と思っていた私ですが、今は、母のようになれるだろうかと思っている自分を発見します。

十里木のコンサートのあと、実は母の頭の中にあった癌が消えました。直前の放射線治療が効いたのでしょうが、私はみなさんから応援して頂いた事も大きかったのではと思っています。 

父も母も同じ癌という病気なので私も気をつけなければと思う一方、ふたりの強さはきっと私の中にもある、とも思える今日この頃。(笑) 心配や不安を抱えるより、その日一日の小さな幸せを数えるほうがずっといい。 病気と闘う本人も家族も、厳しい面はもちろんあるけど、得られるものも大きいです。

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CD 十里木の夏 by FOMAL HAUT

  • 2009年8月発売 十里木の夏 CDについて
    2009年8月発売 FOMAL HAUTの4曲入りCDのご紹介

DVD FOMALHAUT GIFT

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    2012年春発売 FOMALHAUTのDVD、GIFT のご紹介